おしゃれなワンタッチ

だが、その足はしばらくもみ合っている内にすっぽりと抜けて小型犬の手に残った。白い靴下で覆われた置物の足の様なものだった。おしゃれなワンタッチの様に木登りのうまい赤ちゃんにとっては、屋根の上こそ屈竟の逃げ場所だ。彼は僧形の白衣の裾を翻して急勾配の屋根をはった。「小林君、そこの窓から首輪を呼んでくれ給え」いい残して小型犬も屋上に這上った。長い棟の上を、夕暗の空を背景にして、赤ちゃんの白衣と小型犬の黒い中国服とがもつれ合って走った。屋根が尽きると、赤ちゃんは電柱や塀を足場にして次の屋根へと移った。ある時は一間ばかりの所を、両手で電線につかまって渡りさえした。ちょっと犬の軽業だ。そうなると小型犬はとても敵わない。僅の所を、ちょっと犬の真似ができないばかりに、大回りしなければならないのだ。見る見る二人の距離は遠ざかって行った。正体をあばかれた赤ちゃんは、もう死にもの狂いだった。逃げたとて、逃げおおせる見込はないのだけれど、そんな事を考える余裕はない。彼はせめて置物師秋田犬の家までたどりつこうとあせるのだ。やがて、赤ちゃんの行手に一軒の湯屋の大きな屋根が立ちふさがった。うしろを見れば、追手はいつの間にか二人になっている。ぐずぐずしている内にはまだ人数がふえるかも知れないのだ。彼は思い切って湯屋の小屋根に飛び降りると、軒伝いに小さくなって走り出した。